第8回ネオ自由律公募(2003年10月)論評
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審査委員長の挨拶及び泰平賞の発表 投稿者:審査委員長 投稿日: ___________________
≫第8回(2003年10月期)泰平賞発表≪
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挨拶:第8回の今期には152の句が集まりました!!9月25日までには63句しか集まっておらず超焦っちゃったけど、その焦りが通じたのか、最後にはココまで集まってホッとしております。投句して頂けるありがたさを改めて思い知らされました。これからも投句して下さる皆様への感謝の気持ちを忘れずに頑張ることを誓います!!
さて、前回の論評にも書きましたが、今回から新システムを二つ導入します。一つ目は、実はもう始めているのですが、泰平賞を9点、最終候補を3点、奨励賞他を1点として計算し、総合ランキングをトップページに発表していくというものです。二つ目はネオ自由律俳人という制度です。詳しくは下の方に書いてあるのでお読み下さいな。何もややこしいことはなく、いずれ慣れるだろうから適当に対応して下さいな。それでは10月期の泰平賞および入選句を発表しま〜す。
<泰平賞> そこから引き上げたのは あなたが一番欲していたもの (by:Yuna , No.911)
【最終候補】 8→∞ (by:ありす, No.932)
【最終候補】
女に与えると共に、毎日の習慣に反して貧(むさ)ぼり得たこの自由が、何時もよりは却って彼女を囚えた。身体の悠(ゆっ)くりし●起ったこの瞬間の覚醒は無論長く続かなかった。一旦解放された自由の眼で、やきもきした昨夕(ゆうべ)の自分を嘲けるように眺め●(のん)びりした気分で、結婚後始めて経験する事の出来たこの自由を有難く味わった。これも畢竟(ひっきょう)夫が留守のお蔭だ●姉を見た。心持小鼻をふくらませたその態度は、話す話さないの自由を我に握った人の勝利を、ものものしく相手に示していた。「●に調戯う事の好な女であった。そうして二人の間柄はその方面の自由を彼女に与えるに充分であった。その上彼女の地位は知らず知ら●君の諾否だけですぐ決定されべき性質のものではなかった。彼の自由に使用したいという一週間前後の時日を、月の何処へ置いて可い●ると、自分の名が出ている。哲学科を優等で卒業した金井湛氏は自由新聞に筆を取られる云々と書いてある。僕は驚いて、前々晩の事●崎霽波という詩人と近附になった。その霽波が云うには、自分は自由新聞の詞藻欄を受け持っているが、何でも好いから書いてくれな●機会に乗ずるのである。だから彼の醜を以てして、決して女に不自由をしない。その言うところを間けば、女は金で自由になる物だ。●直ぐに出来たのは、箕村の為めに幸福であった。箕村は一日も不自由をしない。箕村のお客さんたる僕なんぞも不自由をしない。主人●
(by:eizo, No.880)
【最終候補】
7セブン-イレブン
渋谷代々木店
東京都渋谷区代々木2ー38ー1
電話:03-3370-2343 レジ#1
2003年09月24日(水) 08:01 責306
ブルガリアのむヨーグルト1L ¥278
こしあんドーナツ ¥90
グリコポスカム 粒 クリアドライ ¥115
GINZA 増刊 ¥780込
小 計 ¥1,263
消費税等 5.0% ¥24
合 計 ¥1,287
お 預 り ¥1,500
お 釣 ¥213
お買上明細は上記のとおりです。
■■★おすすめチケット情報★■■
ジュラシック・パーク
インスティテュート・ツアー
10月26日(日)まで開催中!
9:00〜21:00(入館19:00まで)
国立代々木JPIT特設会場
大人-2,800円小人-1,500円
Pコード:684-145 (by:せんとりす, No.829)
【最終候補】
-------------------------------------切り取り-------------------------------------
(by:のえら, No.844)
【最終候補】
くっくどぅーるどどぅー くるっくっくどぅるーどるどどぅー くくるくくっくどーどーどぅるくどるゅー
(by:みうらりか, No.909)
【最終候補】
1234567890-^¥
qwertyuiop@[
asdfghjkl;:]
zxcvbnm,./¥ (by:のえら, No.830)
"#$%&'()=‾|
QWERTYUIO{
ASDFGHJKL+*}
ZXCVBNM<>?_ (by:のえら, No.831)
【最終候補】 侍ってましたぁっ!!!!!! (by:いっちー, No.848)
【最終候補】
49. スリップ:最近だれに優しくした?
159. シス:かわいそうな人には何もできない。いい人にばかり、色々してしまう。
210. うめさん:あのひとは いま どこで なにをしているんだろう
226. 漂流教室:かあさ〜ん!
277. まるがり:みのさんはそういう意味で言ったんじゃないと思うよ
(by:八重, No.821)
【最終候補】 2003年10月16日23時45分01秒 (by:せんとりす, No.828)
《奨励賞》
スペースの関係で番号と作者名のみの発表とさせて頂きます。
No.792(by:Ae), No.807(by:みうらりか), No.809(by:505),
No.812(by:ナポレオンソロ), No.813(by:プランク・ドラゴン), No.814(by:せんとりす),
No.836(by:たんたん), No.841(by:ひろし), No.843(by:せんとりす),
No.851(by:せんとりす), No.863(by:せんとりす), No.867(by:のえら),
No.868(by:まるがり), No.876(by:こういち), No.878(by:eizo),
No.887(by:ナポレオンソロ), No894.5(by:みうらりか), No.906(by:せんとりす),
No.937(by:のえら)。
(順不同)
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<評>
[8t]
> そこから引き上げたのは あなたが一番欲していたもの (by:Yuna , No.911)
■ YES
「ネオ自由律」は「自由律俳句」という母と「コンセプチュアルアート」という父のモトに生まれたハイブリッド芸術である。母親の「自由律俳句」についてはもうご存じであろうが、父親の「コンセプチュアルアート」というものがまだ分からないという人は結構多いのではないか。しかし実は誰もが、そうである事を知らないだけで、コンセプチュアルアートの作品やアーティストを見た事があり知っているのだ。驚くことなかれ、世界一有名な日本人と言っても過言ではないオノ・ヨーコ(故ジョン・レノンの妻)は同時に世界一有名なコンセプチュアルアーティストでもあるのだ。ほら知ってるでしょ。そんなヨーコの作品で「WAR IS OVER 」と看板にでかでかと書いたものなんかも見た事あるのではないでしょか。あれは世界一有名なコンセプチュアルアート作品である。ほら知ってるでしょ。(ちなみにヨ−コは前回奨励賞ピックアップで触れた4分33秒間沈黙するピアノ曲を作ったケージに師事してたこともある)
ジョンに詳しい方なら知ってるかもしれないが、ジョンとヨ−コはヨ−コの個展会場をジョンが訪れたのがきっかけで出会ったのである。実はYuna氏の句を見た時、ふとその日のヨーコの作品とそれを巡るエピソードを思い出してしまった。
YES Painting(水戸芸術館のサイトより)
(以下美術手帖2003年11月号より引用)
1966年11月9日、ジョンはインディカ画廊でのヨ−コの個展の内覧会に愛車のミニでやってきた。まだ準備の終わっていない会場をひと巡りした後、梯子を昇り、虫眼鏡で天井に架けられたキャンバスを覗き込む。するとそこには「YES」の文字が。「これで私は、このアーティストに対して、決定的な肯定の判断をくだしました。私は自分が救われたような感じになりました。梯子をのぼっていて虫眼鏡をのぞきこんでみると、NOとかFUCK YOUとか、そんなことでなしに、YESとあったのが、非常な救いだったのです」。(「レノン・リメンバーズ」より)
…このあと画廊主にヨーコを紹介してもらい、二人は出会ったそうな。で、ここで出てくるこの作品なのだが、これは「天井の絵(イエス・ペインティング)」という、観客が梯子をのぼり、つるされている虫眼鏡で天井の作品を見るという観客参加型の作品である。では「NOとかFUCK YOUとか、そんなことでなしに、YESとあったのが、非常な救いだったのです」という言葉は何を意味しているのであろう。梯子をのぼり天井に描いてあるものを見に行くプロセスにおいて人はなんらかの希望を抱くであろう。その先に何があるかは分からないが、希望を抱いて目標を目指す、その行為は誰もが抱いている人生における希望と不安のシステムに似てはいないか。そんな「希望をもって目標を目指す体験」を受け入れた観客に、ヨ−コは行為のレスポンスとして「YES」という言葉を与えるのである。それはまるで、希望をもって生きること自体を全肯定するかのようだ。ジョンはおそらく自分の人生をこの作品に重ね合わせたのだろう。それ故、その希望の先に「NOとかFUCK YOUとか、そんなことでなしに、YESとあったのが、非常な救いだった…」のではないだろうか。
「そこから引き上げたのは あなたが一番欲していたもの」を見た時、私はこの時のジョンのような「非常な救い」を感じた。 …この句では「何処から」「何を」「誰が」「なぜ」のすべてが隠されているため、分かることは「あなた(言葉の受け手)」が何かを欲して何かを何処からか引き上げたということ、そしてその引き上げたものは「あなた(言葉の受け手)」が欲していたものだと誰かが誰かに言っている、ということだけである。なんのこっちゃ!と思うかもしれないが、私はここに「どんな場合でもあなたの引くおみくじはすべて大吉ですよ」的な超ポジティブ癒しメッセージを感じとったのだ。人生は選択の繰り返しである。その選択のすべてを肯定し得るこの句には(泰平賞の選定に迷っている私だけではなく)すべての迷い人を癒し、勇気づける包容力があるのではないか。ジョンがヨーコを必要としたように「天下泰平プロジェクト」にもこの句&人が必要なのではないか。…という理由でこの句を泰平賞に選んだ。この句が「自分」ではなく「あなた(他者)」に向けたものであることから想起されるYuna氏の句作の「動悸」や「目指すもの」は評価されてしかるべきでろう。これからのYuna氏にも大いに期待する。
現在オノ・ヨ−コ作品は大規模な回顧展「YES」で世界巡回をしています。既にアメリカ、カナダ、韓国で展示を終え、(2003年)10月25日から水戸芸術館現代美術センター(〜1/12)を皮切りに、広島市現代美術館、東京都現代美術館、鹿児島県霧島アートの森、滋賀県立近代美術館と5つの美術館を巡回します。興味がある方は是非!!
[81]
> 8→∞ (by:ありす, No.932)
■ 八転び起きず?
8が倒れる、のか?8(八)が倒れて∞(無限大)になるのか?ん?ふ、深いんじゃない?これ。
日本人なら「8が倒れる」と聞いたら「七転び八起き/七転八起」もしくは「七転八倒」といったことわざ/四字熟語を想起するであろう。この三つのことわざ/四字熟語のうち8が起きている状態は「七転び八起き」と「七転八起」のどちらかといえば前向きなことわざ/四字熟語におけるエンディングで見受けられるものだ。なら、8が起きている状態は日本人にとっては「何度倒れても這い上がる」とか「失敗にめげず頑張る」姿の象徴とも言えるのではないか。それが倒れて「∞」になってしまっている。まるで「失敗にめげず頑張る8」が倒れて、いつまでも、永遠に立ち上がらないかのように…。二度と頑張らない!とかいう希望がなくなった状態を表現しているのか。なんというデカダンスだ!
■ 狂気の国のありす?
いや、八だとは限らない。何かしらの図なのかもしれない。ん?良く見ると投句者名が「ありす」…。なるほどね。これは八ではなくハンプティダンプティなのね。笑。ハンプティダンプティは確か詩人だったが、詩人を倒して永久に起こすな!って感じか?…だとしたらネオ自由律至上主義宣言に見えたりもする。いやたしかハンプティダンプティは傷付きやすい卵だったから、倒すべくはデリケートな心を持つ人達だろうか。英語では理屈をこねくりまわすインテリのことを「egghead(卵頭)」とよぶ。もしや理屈をこねくりまわすやつらを…。
■ 無限大のパワーを超小型化
いやいやそんな無理矢理な深読みは必要ない。「八」をちょこんと倒して「無限大」に変えるそのパワーそのものがこの句の特徴である。8という数字は把握できる数字だが、無限大という数(?)は把握不能だ。日常的な、ありふれた8という数字を小さな矢印一つでとてつもないものに変えてしまう。そんなダイナミズムをたった三文字で表現しているのだからすごい。この句はまるでホイポイカプセル(*)のように、小さな器に無限大のパワーを潜ませてることに成功している。故に、解読を試みる者は脳が破裂しそうな程の大きなエネルギーの飛び出しを体感するのだ。
P.S.
8は第8回ネオ自由律公募の8。8で生まれて永久に生き続けるネオ自由律、というロマンチックなとらえ方もできなくもないな…。
*ハンプティ・ダンプティ:「鏡の国のアリス」(ルイス・キャロル著)に登場する卵人間。
*ホイポイカプセル:鳥山明原作のマンガ「ドラゴンボール」に出てくる、乗り物や住居等を収納する極小カプセル。ポイと投げると一瞬で乗り物や住居等が現れ、ボタン一つでカプセルに戻る。
[82]
> 女に与えると共に、毎日の習慣に反して貧(むさ)ぼ… (by:eizo, No.880)
とうとう難しいのが来てしまった!やばい!しかし、審査をしないといけない…おそるおそる読んでみた。あ"…意味が分からん。難しすぎる〜。タダでさえ活字が苦手なのに、なんか虫食いのような「●」があって余計読めない…。しかし審査員たるもの「難しいから分かりません」というわけにはいかない。辞書を引き引き、●に漢字や記号を入れてみたり、声に出して読んでみたり色々試してみる。すると、どうやら「自由」というキーワードが定期的に出てくることだけが見えてきた。…しかし●の謎が残る。●に何を入れてもうまいこと行かない。これは何かの目印なのか。早速●で区切られた文章を縦に並べてみた。するとびっくり。「自由」という文字が縦にきれい並ぶではないか!数えると中心の「自由」の左右には29文字ずつある。「自由」を合わせると一文60文字だ。なるほど、この句は「自由」を中心にした60文字を切り取った文章10文を●で区切って再構築した句なのか!なななるほど。
… 言われてみたらネオ自由律を詠む上で課題や目標やテーマは「自由」以外にない。そんな中で詠まれたネオ自由律の数々は、一見無秩序に見えて、実は「自由」を中心とした表現の集合体なのではないか。そう、まるでこの句のように…。時代を象徴する作品と言うものは、それがどんなジャンルであれ、その時代のシステムを如実に反映しているものだ。逆に、ネオ自由律のシステムを上手く反映し、カタチにしているこの句はネオ自由律にとって重要な句だと言えるのではないか。
アイデアをカタチにする技術力も忘れてはならない。パッと見の内容の無秩序と視覚的秩序が上手い具合に同居しているため、不明瞭な内容でも深く入っていこうという気にさせられる。また、そのようにして深く入った末、例え仕掛けが丸裸になろうとも、尚幻滅させないよう広がりを残している点にも完成度の高さを感じさせる。
ところで「自由」がすべての文の中心にあり「●」がすべての文を区切っているということは、見方を変えると「自由」と「●」はほぼ等間隔で配置されているということでもある。目を細めると「●」しか見えないが、それと等間隔に「自由」があることを思い、ぼんやり見つめていると、天体観測のそれにも似たロマンをキュンと感じたりする。…のは俺だけ?
[83]
> 7セブン-イレブン… (by:せんとりす, No.829)
書かれてある電話番号にTELしてみた。「もしもしセブンイレブン渋谷代々木店です」(やばい!なんか質問しなきゃ!)「もしもし、…そちらにお酒は置いてますか」「…ああそうですか」「どうもありがとうございます」…。以上のやりとりで、この句が実在のレシートをモチーフにしているらしいこと、そしてセブンイレブン渋谷代々木店にはお酒は置いてないらしいことが同時にわかった。なるほど、それではこの句は実在のレシートを見ながら描いたデッサンのようなものなのか。そう見ると確かになんだか味わいがある。しかし何かがおかしい。デッサンは(当たり前だが)りんごを木炭で描いたり、立体のものを平面におこしたり…モチーフとは違う画材/次元でモチーフを再現しようとするものだ。しかしこの句は平面の文字を平面の文字でおこしているのだ。それは例えるなら、りんごをりんごで描くようなものだ。いや、りんごをりんごで描いてもモチーフと画材は同じにはならない。画材とモチーフが同じものなんて現実では作れっこないのではないか。そう考えるとこの句はちょっとすごい。
行動をすべてを記号化しているレシートというもの自体も面白い。これだけで購入者のプライベートな部分をのぞき見しているような感覚を味わえる。又、少ない情報の一端から買い物風景やその日の購入者の行動を予測する感じは、ネオ自由律や俳句を読み取る感覚にも似てたりする。
…今、セブンイレブン東船橋店のレシートと見比べてみた。あ〜なるほど「セブンイレブン」の左の「7」は本当はセブンイレブンのロゴなのね。笑。皆さんも見比べてみましょう。意外な発見があるかも。ちなみにこの買い物をした三日後に、せんとりす氏は、後に泰平賞をとることになる「この句で泰平賞をとる。」を詠んだのである。…ということまでレシートは、いや、この句は語っているのだ。
[84]
> -------------------------------------切り取り-… (by:のえら, No.844)
既製品を本来あるべき文脈から切り取り、それをそのままアートとして展示する「レディメイド(*)」という概念はすべての現代アートの基本になっていると言っても過言ではない。又それを受けてネオ自由律にも「概念版レディメイド」を積極的に取り入れてきた。「概念版レディメイド」とは既製の工業製品を扱う「レディメイド」とは違い、しかし大量生産/消費され普及しているそれらのような概念を本来あるべき文脈から切り取り、それをそのままネオ自由律として投句するというものだ。この句で扱われている「切り取り線」が本来属していた文脈…というか元ネタは、学校とか公共機関で配られるプリント類の「説明欄」と「申込書欄」を区切ったりする「切り取り線」である。プリント上部の説明を読んで、切り取り線から下を切り取って提出させる時に使われたりするものだ。さて、ここで気になるのは紙媒体の一部分を切り取ることを目的に作られたこの「切り取り線」の概念をのえら氏はその文脈からその部分だけを切り取り、ネオ自由律として投句したという点だ。この句はいわば切り取り線の切り取りを示唆する部分だけを切り取った「切り取り線切り取り」句なのだ。なんという超人的同語反復ギミックだ!
…プリントアウトしてこっそり切り取ってみたりしたらこの敗北感はぬぐえるだろうか(by一休)。
*レディメイド:現代美術の父マルセル・デュシャンが1913年以降、既製品にサインを書きそのまま自分の作品として展示した作品群。またその手法。
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> くっくどぅーるどどぅー くるっくっくどぅる… (by:みうらりか, No.909)
せんとりす氏のレシートの句が平面の文字を平面の文字でおこしている「概念のデッサン」ならば、みうらりか氏のこの句は音を文字で起こす「音のデッサン」なのだろうか。いや、何か違う気がする…。ていうか、だいたいこれは何の鳴き声なのだろう?アメリカのチキン?英語を話そうとする日本のニワトリ?アメリカ版チキン語を話そうとする日本の鳩?まさか、アメリカのチキンが「マイナスイオン発生装置が付いて無いじゃ無いですわ!(第7回/No.643)」ってヒステリーを起こしてるのか??…えっと、動物の鳴き声でいいんですよね?違うのか?んんん。謎だらけだ。ていうかなんでだんだんエスカレートしてるんだろう。なんで微妙に投句番号と音が絡んでるんだろう。なんで三回鳴いてるんだろう。なんで最後だけ「どるゅー」なんだろう…。
幾度か声に出して読んでみた。その度に笑ってしまう。ニヤニヤが止まらない。多分すごい落ち込んでいる時でもこの句を見たらニヤニヤしてしまうだろう。この句に限ったことではない、みうらりか氏の句には一貫した明るさ、というか無意味さ、というかバカバカしさがある。どうしたらこんなに影のない句が詠めるのだろう。みうらりか、カッコ良すぎる。アヤカリたいものだ。
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> 1234567890-^¥… (by:のえら, No.830/831)
完成度の高い句というのは、おそらく何度読んでも飽きない句のことを言うのであろう。何度読んでも飽きない句には色々あるだろうが受け手にとって「ココをこうした方が良い」とか「ココが嫌」という部分が少なければ少ない句程それに近いものなのだと思う。では「ココが嫌」という部分を極力減らすにはどうするか。受け手に「ココ」とか「ソコ」とかを分類させないように一貫性を持たせれば良いのである。極端な話「あ」という文字が20個並んでいたら、この「あ」が好きとか、この「あ」は嫌だとかいうことにはならないからだ。実は最終候補作を選ぶ際に最重要視されるのがこの完成度である。完成度の高い句はいつまでも飽きなく、その分沢山の思惑を受け入れるからだ。
のえら氏のこの句は完成度が高い。一貫した姿勢でキーボードを左上から打っていっている。それ以外の無駄なことは一切していない。そのおかげで上述した「完成度の高い句とはどんな句なのだろうか」という問い&答えを喚起したのである。さて、次に浮かぶのは「のえら氏はこの句を詠んでいる時何を考えていたのだろう」という疑問だ。
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> 侍ってましたぁっ!!!!!! (by:いっちー, No.848)
棒一本違うだけで意味が変わってしまう。その一本違う棒のせいで急に言葉の不思議、文字/漢字の不思議と巡り会うことがある。もうお気付きであろうが、この句は良く見ると「マってましたぁっ!!!!!!」ではなく「サムライってましたぁっ!!!!!! 」と書かれているのだ。手書きの現場ではこのような間違いは良くあるだろうが、パソコン/携帯ではあり得ないはずなため、これは意図的な間違いだと断定できる。同氏の句に「意図的にずらす。…秘訣です。…(森ウィーク/No.493)」という句があったが、あれから355句もの間「意図的にずらされる」のを「待って」いた私としては、それこそ「待ってましたぁ〜!!!!!! 」な状況で「侍」って「意図的にずら」されたぁ〜!!!!!!という感じだ。う〜ん、運命だね。
[88]
> 49. スリップ:最近だれに優しくした?… (by:八重, No.821)
この句は過去に投句されたネオ自由律に何も手を加えることなく並べていく、という手法で詠まれた句である。この手法は産業界の再利用やリサイクル、文化界のリミックスやサンプリング、カットアップといったキーワードを想起させる、いわば「今風」の手法だ。過去に投句されたネオ自由律をネオ自由律の素材とすることに成功した句としては、前回奨励賞の「パンツ伊藤/でも人間じゃない(No.667/by:のえら)」が先行しているが、八重氏のこの句はオリジナルの句に手を加えていないという意味で、コンセプトをより全うしているものだと言えよう。それにしても、過去の句に新たな命を与えるこの手法は、結構めんどくさい思いをしてアーカイブを作っている私としてはかなり嬉しいものである。笑。このまま使える部分がなくなるまでとことん再利用してもらいたいものだ。使われる方も超うれP!しね。
[89]
> 2003年10月16日23時45分01秒 (by:せんとりす, No.828)
この句は、この句を投句するであろう日付け・時間をネオ自由律としてその日付け・時間きっかりに投句した句である。河原温(*)との違いはせんとりす氏の句はその時間くっきりに制作されたものではなく、来るべきその日付け・時間に投句する句を予め用意しているという点であろう。そのため(河原温と違い)制作時間と内容は必ずしも一致していないのである。一見クールでストイックな句のようであるが、制作風景を思い浮かべると、せんとりす氏が無邪気に時間と遊んでいる姿が見えてきて面白い。投句時間が分からないとその面白みがなくなってしまうのが残念。
*河原温: コンセプチュアルアート界で最も重要な作家の一人。ここ40年近く「日付け絵画(Date Painting)」という、その日の日付けをキャンバスにレタリングする絵画シリーズを制作している(もう10000枚を超えている)。
奨励賞の18句に、一言ずつ。
No.792(by:Ae) :No.213から579句をまたいだ連作。言葉の風邪は長引くようだ。
No.807(by:みうらりか):手を上げる奴はいないだろうけど手を上げさせる気がない質問なだけに上げたくもなったり。
No.809(by:505):立体的に見える!でも内容との絡みがあまり見えないのが難点。
No.812(by:ナポレオンソロ):描写に冷静さがあればなぁ。内容が面白いのでおしい!
No.813(by:プランク・ドラゴン):そうそうそうそう。この自信だ。→第7回論評の奨励賞ピックアップ参照。
No.814(by:せんとりす):なんとも迷惑な句だ。笑。あんまりうまく展開されなかったのが残念。
No.836(by:たんたん):回文が導き出す語群はやはり面白い。でも漢字や記号が含まれると回文の魅力が弱まるのでは。
No.841(by:ひろし):イタズラ心が微笑ましい、っつう感じ。
No.843(by:せんとりす):奨励賞ピックアップ(下)
No.851(by:せんとりす):不可能性シリーズ!ツッコミどころ満載!各々でツッコんでみましょう。
No.863(by:せんとりす):なんだか変なサイファイが展開されている…。
No.867(by:のえら):二重三重の意味を含んでいるが、836同様、回文が少し半端に見える。漢字/記号なしで「かりわおわりか」…くらいの緊張感がほしかったかな。アイデアは流石。
No.868(by:まるがり):思うんですけど、他に持っていけば金になるんじゃないかしら、この才能。
No.876(by:こういち):肩の力が抜けていて、見るものをホッとさせる。癒し系。
No.878(by:eizo):なんだこれ?リンク先の天気図は毎時間変わるではないか。意図が見えそうで見えない。「言葉明瞭意味不明」というフレーズを思い出す。笑
No.887(by:ナポレオンソロ):パロディーというよりは情報操作。危険なカオリがする。故にかっこいい。もっと紛らわしくてもOK。
No.894.5(by:みうらりか):前回に続くヒステリー主婦シリーズ(?)。かなり好き。どんどん来い!
No.906(by:せんとりす):意味深で、見れば見る程面白い。B級に徹してる感じもかっこい!
No.937(by:のえら):「ひぐち」というキーネームが登場してドキ!
<奨励賞ピックアップ>
No.843(by:せんとりす)
最終候補句No.829と全く同じスタイルで詠んだ句。これがもしせんとりす氏ではない人が詠んだ句であるなら評価は変わったであろう。No。811/828でもおなじことが言える。一つのスタイルをストイックに追求するといった姿勢はせんとりすブランドには合わないようだ。今回からネオ自由律俳人というシステムを導入したこともあって、これからは投句者のブランドイメージを重要視した審査をするようになっていく予定だ。ストイックに己の道を追求するのであるならば新たなブランドを立ち上げてみてはどうでしょう。
[neojihaijin]
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ーーーーーーーーー< 新システム「ネオ自由律俳人制」とは >ーーーーーーーーー
概要:上の挨拶にも書きましたが、今期から新しいシステム「ネオ自由律俳人制」を導入致します。「ネオ自由律俳人制」とは、独自のネオ自由律スタイルを確立した者に「ネオ自由律俳人」という称号と個人ギャラリーを与え、ひたすら自分の道を研究し続けてもらうというものである。泰平賞を中心に展開される「ネオ自由律公募」には「ネオ自由律」のポテンシャルを広げる役割を、個人のスタイルを追求する「ネオ自由律俳人制」には「ネオ自由律」の可能性を深く掘り下げる役割を果たしてもらう予定です。
<具体的なシステム>
■ 資格
ネオ自由律俳人になるための資格は特にありません。ネオ自由律公募において「同じ理由で何度も入選してしまうような人」にはネオ自由律俳人になってもらいます。ネオ自由律俳人称号授与者発表は泰平賞発表時に行います。
■ 講評/ポイント
ネオ自由律俳人になっても総合ランキングからははずされません。ネオ自由律俳人のすべての投句には点数とコメントがつけられます。また、その時のポイントは以下のように計算され、総合ランキングに反映されます。
評価A:泰平賞レベル=9ポイント
評価B:最終候補レベル=3ポイント
評価C:奨励賞レベルを=1ポイント
評価D:その他=0ポイント
■ 個人ギャラリー
ネオ自由律俳人には個人ギャラリーが与えられます。評価C以上の句は自動的に個人ギャラリーに収蔵されます。
以上のような感じです。分からない事などはメール・掲示板でご質問下さい。
それではネオ自由律俳人称号授与者の発表をします。
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≫ネオ自由律俳人称号授与者発表≪
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◇ あそこの山
└ HTMLで詠む俳句を追求する俳人。HTMLの知識豊富!色彩センス抜群!
◇ シス
└ 独特の言語感覚で独自のネオ自由律を詠み続ける俳人。まさに天才!
◇ Cryptony(旧名:sedhdrhdhs)
└ アスキーインスタレーションの提唱者。一人でぶっ飛んでます。(本人の強い要望により名前を変えてあげました)
◇ 泰平(審査対象外)
└ ネオ自由律・リンク付き俳句の提唱者。泣く子も黙る熱血自作自演審査委員長!
≪ネオ自由律俳人講評≫
【あそこの山】
No.827(評価C):やはり文字が入ると急激に弱くなるような気がする。意味があると余計。ブラウザを通すとこう見える
No.847(評価B):HTMLもブラウザを通した図も視覚的に面白い。完成度が高い。ブラウザを通すとこう見える
No.904(評価B):HTMLの秩序が心地よい。その先の図像へ吸い込まれるようだ。ブラウザを通すとこう見える
No.929(評価C):記号が強すぎて物語が畏縮している。サービス精神が多すぎるのでは?ブラウザを通すとこう見える
一言:HTMLをコンパクトにまとめたものも見てみたい!
【シス】
No.799(評価D):いつもの緊張感が見られないかなぁ。
No.824(評価A):こにきて「若年性健忘性」(第5回/No.245)に見られた、何度も何度も読み返させてしまう「ぐるぐる感」も絡んできた。やはり同じ俳人が詠む句には共通した特徴があるのだと感心感心。念願の泰平賞は結局とれずじまいでしたが、泰平賞レべルの評価Aということでおめでとうございます!
No.825(評価D): 悪くないが799同様少しだらりとしている。まる(。)はない方が良いのかも?
一言:No.824は過去最高のできだと思う。これからも愉しみ
【Cryptony】
No.870(評価C):全部の記号に足がついてる!
No.871(評価C):奇妙な物語が浮かぶ。
No.872(評価C):かなり簡略化された風景画のようだ。ここまで限定されていないと想像が膨らむ。
No.873(評価C):ー
No.913(評価C):クリスマスツリーか、十字架への階段か、ぜんぜん違うものか。
No.914(評価D):んんん…
No.915(評価B):日本画(洛中洛外図等)に見られる、奥行きがない独特の空間を想起させる。かっこいい。
No.916(評価B):緊張感があり、空間を美しく演出している。それが何かである必要はない。
No.917(評価C):携帯から見たらかっこいい。「ふ」が沢山あるだけで笑える。
No.918(評価D):あまりに限定されていて広がりが少ない。
No.919(評価C):トランプの王様?
No.920(評価C):ー
No.921(評価C):笑。真面目そうな人!
No.922(評価D):んんん…
一言:緊張感のある句がもっと見たい!
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総評:論評の仕上げ、またもすごい時間かかってしまいました。やれやれ。でもだんだんコツがつかめてきたようなので、次回からは時間短縮を目指して頑張ることを決めたり決めなかったり。ちなみにコツは甘いものを食べることのようです。笑。
さて、皆さん今回もコミュニケーションとりましょ。自分の好きだった句についてとか、論評についてとか、不平不満とか、新システムについての質問とかとかを侃々諤々するスレッドをBBS(ゲストブック)に用意したので是非書き込んで下さいな。では次回もよろ〜。
審査委員長:施井泰平
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