第7回ネオ自由律公募2003年9月論評

──────────────────── 審査委員長の挨拶及び泰平賞の発表 投稿者:審査委員長  投稿日: 10月 3日(金)21時58分12秒 __________________ ≫第7回(2003年9月期)泰平賞発表≪  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 挨拶:森ウィークの会期が延長になったことで9/4からの募集となった9月期には過去最大の162句が集まりました!!ぱちぱちぱちぱち。やはり参加者が増えると楽しいですな〜。毎度毎度毎度ですが感謝感謝感謝感謝。よし!今回もがんばって論評書くぞー! それでは早速9月期泰平賞及び各賞を発表します。 <泰平賞> この句で泰平賞をとる。(by: せんとりす, No.765) 【最終候補】 まだ二ヶ月ですか…もっと経った気がします。得した気分?…そんな気は無く、時間の経過がもどかしい日々です。四年、という月日のプレッシャーは、いつでも私の心に重くのしかかります。また、四年後の自分を想像すると…余計に落ち込むのです。月日の問題では無いと言い聞かせても、ソレに代わるモノサシを、私にはまだ見つける事が出来ないのです。せめても、と、スケジュール帳には、記念日だけが増えていきます。(by:みうらりか, No.760) 【最終候補】 <table width="700" border="0" cellspacing="0" cellpadding="5"><tr><td align="left"><table width="300" border="50" cellspacing="0" cellpadding="5" bordercolor="#99FF00" height="300"><tr><td align="center" valign="middle"><table width="246" border="10" cellspacing="0" cellpadding="5" bordercolor="#000000" height="280"><tr><td align="center" valign="bottom" bgcolor="#990000"><table width="220" border="3" cellspacing="0" cellpadding="5" bordercolor="#FF00FF" height="200"><tr><td align="right" valign="top"><table width="180" border="8" cellspacing="0" cellpadding="5" height="50" bordercolor="#FFFF00"><tr><td></td></tr></table></td></tr></table></td></tr></table></td></tr></table></td><td align="right"><table width="300" border="5" cellspacing="0" cellpadding="5" height="300" bordercolor="#999900"><tr><td bgcolor="#006633"><table width="280" border="13" cellspacing="0" cellpadding="5" bordercolor="#FF0000" height="250"><tr><td><table width="90" border="5" cellspacing="0" cellpadding="2" bordercolor="#FFFFFF" height="160"><tr><td></td></tr></table></td><td valign="bottom" align="right" width="100"><table width="50" border="2" cellspacing="0" cellpadding="2" bordercolor="#FFFF00" height="50"><tr><td></td></tr></table></td></tr></table><table width="270" border="9" cellspacing="0" cellpadding="5" bordercolor="#CCFF99"><tr><td></td></tr></table></td></tr></table></td></tr></table> (by:あそこの山, No.772) 【最終候補】  マイナスイオン発生装置が付いて無いじゃ無いですわ! (by: みうらりか, No.643) やはりion Generathing Systemは標準装備に限りますわ! (by: みうらりか, No.644) マイナスイオン発生されて無いから眠れません。 (by: みうらりか, No.645) マイナスイオンの代わりにα波を使用してみるか! (by: みうらりか, No.646) アイロンがけからはα波はおろか、マイナスイオンは発生されない事が判明! (by: みうらりか, No.647) 【最終候補】 \ さー行くぜ。どこまでも行くぜ。地の果ての先の先まで行ってやる!なんたって今日から… │                                              │ 。だ家、あ………………。ーぁなたっなに漢いカデにちういなか付気も俺…?!かのい無… この句は場所の都合で一部分のみの掲載となっております。全文はこちらでご覧になれます。(by:せんとりす, No.740) 【最終候補】 甘<12345>辛 (by:kaduki, No.730) 【最終候補】 アルバイトフランス 電池高校カーテン 自転車アルバイト靴 壁畑快速 ゼリー (by:505, No.721) 【最終候補】 ぴきひきびきひきひきぴきひきぴきひきぴき (by:のえら, No.752) 【最終候補】 あしたもあたし。(by:よしこ, No.749) 【最終候補】 んんんんん んんんんんんん んんんんん (by:プランク・ドラゴン, No.709) 《奨励賞》 スペースの関係で番号と作者名のみの発表とさせて頂きます。 No.639(by:ピンクデマンゴ), No.659(by:栗), No.662(by:オルポゴ), No.667(by:のえら), No.668(by:のえら), No.670(by:ひさよ), No.673(by:シス), No.675(by:Yuna), No.677(by:Yuna), No.679(by:たんたん), No.682(by:みうらりか。), No.692(by:かっきり), No.693(by:かっきり), No.698(by:88年体制), No.700(by:シス), No.701(by:せんとりす), No.703(by:へげへげ), No.705(by:88年体制), No.706(by:YHWH), No.714(by:せんとりす) , No.719(by:Yuna) , No.724(by:ネジ), No.728(by:みうらりか), No.759(by:的的), No.763(by:よしこ), No.766(by:eizo), No.768(by:のえら) , No.778(by:ナポレオンソロ), No.779(by:ナポレオンソロ), No.780(by:シス), No.786(by:ひろし).(順不同) ──────────────────── <評> [7t] >この句で泰平賞をとる。(by: せんとりす, No.765) この句は「泰平賞をとる」という意気込み自体をネオ自由律として投句した句である。現在までに投句されたほとんどのネオ自由律にはこういった意思が含まれていることが予想される。それをそのまま投句してしまうとは…「灯台下暗し」とはこのことか。 ■ 恥ずかしがり屋さんの絶妙なセンタリング。 ではまず、この句が審査システムを恥ずかしげもなくさらけ出している点に注目してみる。個人的な話をすると、僕は公募展に出品するのが少し恥ずかしいのである(出品しまくりですが…)。それは「公募展に出品する=認めてもらいたい」の欲求が明確だからだ。もちろん、認めてもらいたいから出品するのだが、恥ずかしがり屋さんの僕としては欲求の丸裸状態が小恥ずかしいのだ。そう、恥ずかしがり屋さんとはおそらく「欲求の丸裸状態を小恥ずかしく感じる人」を称すのだろう。そんな恥ずかしがり屋さんは、往々にしてその恥ずかしさを引き金に極端な行動に出てしまったりする。少年が、好きなコに対して「このブス!」といじめるのも、ヤンキーやヤクザがああなってしまうのも、アーティストがアーティストになってしまうのも同じ恥ずかしがり屋さんの行動なのだ。…という話はまぁさておき、アートにおける発信者と受信者の関係は「恥ずかしがり屋さんのパッサー」と「恥ずかしがり屋さんのストライカー」の関係だと僕は思っている。それは別に「恥ずかしがり屋さんのぼけ」と「恥ずかしがり屋さんのつっこみ」でもいいのだが、ようするに前者が後者に依存し、後者が前者に依存する関係である。で、そんな恥ずかしがり屋さんコンビが求める究極の欲求はというと、奇跡の巡り合わせが生む「恥ずかしさの払拭」なのだ。数学的に表わすとこういう感じ: (恥ずかしがり屋さんのパッサー)×(恥ずかしがり屋さんのストライカー)=(恥ずかしがり屋さんのパッサー)×(恥ずかしがり屋さんのストライカー)=(パッサー)×(ストライカー)=ゴール!!…(恥ずかしさ払拭) だからアートにおいては、前者は、後者の処理を完全に信じて「恥ずかしさを原動力に極端な行動に出」ないといけないし、後者は、前者のパスをしっかりシュートしないといけないのだ。お互いの依存率が大きくなればなる程ゴールの確立は低くなり、その分ゴール時の快感が大きくなっていくのである。 泰平賞をとるという欲求をそのままさらけ出しているせんとりす氏の句は「泰平賞がとりたい」という自身の欲求がさらけ出される「ネオ自由律公募に投句するという行為」に対しての恥ずかしさを引き金に投句した句なのではないか。だとしたらせんとりす氏は「恥ずかしがり屋さんのパッサー」だといえるのだ。又、この句は泰平賞の審査結果いかんでは恥ずかしい句にもすばらしい句にもなる「ストライカーに依存したパス」でもあるのだ。…「恥ずかしがり屋さんのパッサー」がストライカーへの依存率が大きい絶妙なセンタリングをあげた、という感じだろうか。これを決めなければストライカー失格だ。 せんとりすの絶妙なセンタリングを泰平がヘッディング〜!!!バシッ!!…ふさっ。。。。。ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!!!!!!! ■ レンガと土管の間でブルブル …かくして泰平賞を与えられた「この句で泰平賞をとる。」なのだが「この句で泰平賞をとる。」は「この句で泰平賞をとる。」で泰平賞をとることによって、泰平賞をとった後も「この句で泰平賞をとる。」という、泰平賞をとる前の意気込みを発信し続けないといけないという可笑しさを発生させた。「この句で」も「泰平賞を」も「とる。」も「この句で泰平賞をとる。」もすべて、無駄なく、微妙な時制のズレとともに事実を反復しているのである。それによりこの句を読む者は、まるでバグ(プログラムの間違い)を読み込んだファミコンのようにパニックを起こす…いや、バグってしまうのだ。それは例えるなら、スーパーマリオのマリオがレンガと土管の間でブルブルして抜けだせなくなるような状態だ。…こうなったらもう抜けだせない。リセットボタンを押すしかなくなってしまうのである。 [71] > まだ二ヶ月ですか…もっと経った気がします。得した…(by:みうらりか, No.760) この句は…なんだ?みうらりか氏が誰かに向けたメッセージか?誰かが誰かに向けたメッセージをみうらりか氏が投句したものか?ていうか、だいたいこれは何の話なんだ?2ケ月前に何が起きたんだ?4年後に何があるんだ?でなんできれいにまとめてんだ!?…これ程の長文なのに、この句には「理解」へいざなう鍵がないではないか。そして、なんだろうこの個性のなさは。淡白で気持ちが入っていない感じはまるで週刊誌の最後のページのあのうさん臭い通販の「使用者の体験談」のようだ。いや、この感じはむしろ「迷惑メール」か。…最近届いた迷惑メールにこんなのがあったなぁ。発信者/受信者の立場や状況、目的、内容が曖昧になっていて、誰もが自分を当事者だと勘違いしてその下のリンクをクリックしちゃいそうな迷惑メール。あの感じにこの句は似てる。しかし、この句は迷惑メールと違ってその先にねずみ講サイトやエロサイトがあるわけではない。気にならせて終わりなのだ。では何のために詠まれたのであろう。この句を見る者は皆、気になって何度も読み返し考え込む…それが実は「精神世界」へのリンクだったりして。笑。この句は不特定多数の人を精神世界へいざなう迷惑ネオ自由律なのだ〜!…なんつって。 [72] > <table width="700" border="0" cellspacing="0" … (by:あそこの山, No.772) あそこの山氏は、第5回公募で華々しく登場して以来「HTMLで詠む俳句」というスタイルを追求してきた。最終候補となった第5回の句の論評では「この句はHTML(Hyper Text Markup Language)というwebページを作製・整形するために使われる言語で詠まれた、作り手と受け手のコミュニケーションにおける相対的構造を喚起する句である」という観点で論じた。ので、今回はこの句の他の魅力に焦点を当てて論じてみる。 ■エスペラント語以来の世界語? インターネット上で見るページのすべて(PDFなど特殊ファイルを除く)はどこの国でも、この句で使われている「HTML」という言語を使って作られている。第5回の泰平賞句はエスペラント語という世界語で書かれたものであったが、この句もその意味では世界語で詠まれた句と言えよう。むしろ、あまり普及していないエスペラント語とは違い、HTMLのほうが「国境なきインターネット空間」で使われる言語であるという意味で「世界語」という言葉が合っているように思える。 ■産業革命→IT革命、自由律俳句→ネオ自由律、日本語→HTML!! 実はネオ自由律の前身である「自由律俳句」は日本における産業革命と同じ頃に生まれた俳句の様式である。「産業革命」以来の革命「IT革命」を担う言語「HTML」を使って詠む句というのは、同じく「産業革命」以来の革命「IT革命」に便乗して生まれた「ネオ自由律」に相応しく思えてならない。 …つまりこの句は世界語であり、IT革命を象徴する言語で詠まれた句なのですごい!ということである。 ちなみにこの句をブラウザを通して見るとこうなる。かっけー! [73] >マイナスイオン発生装置が付いて無いじゃ無いですわ!… (by: みうらりか, No.643〜647) この句はネオ自由律史上最高であろう程の「動的」表現がなされた句である。熟考され完成度を高めた句とは一線を画した「エネルギーに満ちた句」とでも評すべきか。漢字間違えやスペルミスも、まるで大きな遠心力を生み出す動的装置の燃料にしているかのようだし、ヒステリー主婦のような口調やマイナスイオンしか見えない「これしかない!パワー」が溢れる内容もなんともエネルギッシュだ。3句目にだけビックリマークがなく、押すばかりではない「押したり引いたりのテンション」の展開もヒステリックなイメージをエスカレートさせている。また、きれいに閉めるわけでもなく、最後に爆発させるわけでもない山田耕筰の「まちぼうけ」のような微妙なテンションで終わる感じがなんともリアルで、クセがなく、何度も読み返したくなる。すばらしい! しかし、みうらりか氏はどんなテンションでこんな句を…(携帯からの投句なので余計気になる)。 [74] > \ さー行くぜ。どこまでも行くぜ。…(by:せんとりす, No.740) ネオ自由律史上初の別ページ掲載となった問題作!その理由は見てわかる通り「横に広がりすぎ」だからである。(横に広がり過ぎることにより下にスクロールバーが出てしまうこと、また2行以上ある他の句の体裁が変わってしまうという理由でこういった処置に至った)しかし、内容が横広がりのスタイルと絡み合っているから文句は言えない。内容を見てみよう。「さー行くぜ。どこまでも行くぜ」から出発し、右に文字を読んでいくのに連れて読み手も画面の右の方へと旅をするという仕組みだ。「…準備も万端、怠り無し!」あたりから上下のライン&他の句から離れ、読者はひたすら、真っ白な空間を「旅の不安と希望の独り言」と共に旅することになる。特筆すべきは、このネオ自由律を構成する言葉の一つ一つが空間の果てまでの旅の一歩一歩になっているという点である。それはまるでネオ自由律の物理的&精神的超自由空間の果てまで不安と希望を抱いて旅をする心情を詠んでいるかのようだ。 そんなこんなで「果て」まで行くのであるが、その「果て」を造り出すのは「果て」への旅が終わる瞬間であるという仕掛け、つまり旅が終わる瞬間に「果て」が規定されるというレトリックまで用意されている。「自由への挑戦をやめた瞬間に自由の果てが規定される」とでも言いたいのか。ここまでは意識して詠んだとは思えないが、ネオ自由律における「自由な表現」を考えることで自然にでてきたアイデアだったのであろう。すばらしいネオ自由律を詠む人というのはネオ自由律に対する考えがすばらしい人なのであろう、ということを改めて考えさせられたりした。 [75] > 甘<12345>辛 (by:kaduki, No.730) この句はカレーや麻婆豆腐などのパッケージに書かれている「内容物の辛さを相対的に表示するゲージ」をネオ自由律として投句した句である。しかしいずれの数字にも印がついていないので内容物の辛さがわからないではないか。ていうか、この句の内容物って何だ?まさか「内容」がなく「辛さ」もなく「甘さ」もないということが言いたいのか。それとも自身の「辛さ」を採点してくれと促しているのであろうか。いや、辛さを相対的に判定することの不可能性自体が主題なのかもしれない(これだとひいてはネオ自由律の審査に対し何かモノ申しているようにも伺えるのだが)。真意はどうであれ、庶民的な記号とクールな表現の組み合わせは面白い。謎に満ち、見ようによっては面白くも悲しくも滑稽にも哲学的にも文学的にも見える。この句は「これがネオ自由律でなかったら何がネオ自由律なんじゃ〜」というくらいネオ自由律な句であり、カレーや麻婆豆腐なだけに何杯でも飯が食えちゃう程美味しく、飽きない句なのだ。 [76] > アルバイトフランス… (by:505, No.721) 作者に話を聞いていないので断言はできないが、この句は得に意味や意図を用意せず感覚を頼りに構築していったものだろう。しかしなんとなく「しっくりくる」のはなぜだ?理由を探るべく解読を試みたら、この句にも曖昧だが法則があることに気付いた。それは、1、3行目に「アルバイト」、1、3行目の語尾がオレンジ色、3、5行目に緑色、2、4行目に小文字、2、4行目は黒字のみ…と隔行に仲間が配置される法則である。これが「しっくりくる」要因であろうか。この法則について考えているとき、ふとシェークスピアのソネットを思い出した。シェークスピアのソネットは、1行目/3行目=A 、2行目/4行目=B 、5行目/7行目=C 、6行目/8行目=D、9行目/11行目=E 、10行目/12行目=F、13行目/14行目=G…というように最後の2行以外は隔行が交差するように韻を踏むようになっているのである。なるほど!この句はシェークスピアのソネットの韻の踏み方と類似した法則で「視覚的な韻」を踏んでいるのか! 感覚に忠実にモノを作ると真理に近づくヒントに遭遇することがある。この句は「視覚的な韻を踏むとしっくりくる」という法則のヒントを導きだした。しかしそう考えると無駄が沢山ある気がする。これでおしまいにするのではなく、研究/追求して揺るぎないスタイルを構築してもらいたい。 [77] > ぴきひきびきひきひきぴきひきぴきひきぴき (by:のえら, No.752) ぴきひきびきひきひきぴき…は日本語のもつ不思議なシステムをその役割から切り離し、抽出し、再構築して詠まれた句である。1匹2匹3匹4匹5匹…漢字は同じだが読みがランダムに変わっていく。匹だけではなく本、羽、箱などもだ。このような「単位シリーズ」の法則は多くの場合感覚的なものらしく、外国人が日本語を勉強する時には大きなハードルとなるらしい。この法則はどこから生まれたのであろう。おそらく語感からなのであろうが、だとしたらこの句は日本語/日本人が由としている語感を抽出して詠まれた句と言えるだろう。外国人には分かり得ない日本語/日本人がもつ独特の法則、独特の感覚…。ニッポンの不思議を解く鍵がここにあるかもしれない。 [78] > あしたもあたし。(by:よしこ, No.749) 日曜の朝6時49分に投句されたという事実がひっかかる。朝の爽やかな空気の中で元気な少女のようなテンションで詠んだ句なのか。朝っぱらから先の人生が思い遣られ、憂鬱な気持ちで詠んだ句なのか。ただ単にことばと触れあう過程で生まれた言葉遊びなのか…。「明日もあたし」とおもいきや「あ、下もあたし」だったり。完成度が高く、様々な思惑を受け付ける魅力をもっている。奨励賞のNo.763にも言えることだが、よしこ氏うまし! [79] > んんんんん んんんんんんん んんんんん (by:プランク・ドラゴン, No.709) 地球が生まれてから現在に至るまで、さらにこれから地球が死ぬまでの間に詠まれた/詠まれるであろうすべての俳句を「あいうえお順」に並べたとしたら、この句は何億、何兆もある句のなかで最後尾に立つであろう。この5・7・5のシステムをバカにしたような句は、ただのパンクなネオ自由律ではない。地球史上No.1の冠をもつ句なのだ!うひょー 奨励賞の31句に、一言づつ。 No.639(by:ピンクデマンゴ):奨励賞ピックアップ No.659(by:栗):最後の漢字はなんだぁー?!! No.662(by:オルポゴ):アナーキズムのデカルコマニー。 No.667(by:のえら):アーカイブのネオ自由律を解体/再構築するという試み(No.556/No.419)。歴史は歴史の上につくられるものだ。 No.668(by:のえら):概念の顔文字、概念の回文。 No.670(by:ひさよ):新展開か?…もう少し様子を見てみましょう。 No.673(by:シス):あまりにアヴァンギャルドで善し悪しの判断ができない。笑 No.675(by:Yuna):0と1の信号のことを…言っているわけないか。 No.677(by:Yuna):この句、かなり気になる。読む度に発見がある。強さもある。 No.679(by:たんたん):少年のような…。しかしなぜ?…RPGかな。笑 No.682(by:みうらりか。):とてもクールな構成。しかしやってることはふざけている。 No.692/693(by:かっきり):語感で勝負。気持ちいい!かっこいい!気になる〜! No.698(by:88年体制):描写がやけにリアル。この日何があったんだ?ああ、本人の話が聞きたい。 No.700(by:シス):全然タトエになってません。笑。最後にしめないで、やりっ放しの方が笑えたかも。 No.701(by:せんとりす):せんとりす氏の目指しているものが私は好きです。笑。 No.703(by:へげへげ):なんという不穏な空気だ。何もないところからこのような句を作る人はそういないだろう。ネオ自由律の「アルティメットルール」を自分のものにしている強度がある。 No.705(by:88年体制):まさか本物の老人は投句してないだろうな…。 No.706(by:YHWH):哲学的テーマだが、なぜかキッチュに見えてかわいい。 No.714(by:せんとりす) :初の縦書き!その不可能性と内容とが絡み合っていて欲しかった…。 No.719(by:Yuna):大器の片鱗が…。このまま、すくすく育っていって欲しい。 No.724(by:ネジ):No.122の小型化に成功しました!次世代機登場〜! No.728(by:みうらりか):ばかだな〜(愛)。 No.759(by:的的):SFなのか社会批判なのかギャグなのか創作なのか。うーん、どれでもいいや。 No.763(by:よしこ):うまい! No.766(by:eizo):ネオ自由律なのにダダ日記*的豆知識。…なだけに(無題)が足をひっぱった。(ダダ日記:「ネオ自由律」の前身企画。「どうでもいい情報」の連載&公募したもの。) No.768(by:のえら):「ドラえもん」作製プログラム公開!! No.778(by:ナポレオンソロ):かっこいい!!これ超好き!やっぱ芭蕉だね〜。笑。 No.779(by:ナポレオンソロ):連続の習志野ネタ。かなりかっこいいのだけど最後の3行が…。不思議世界に、酒、薬、病気、夢などの理由付けがあるとサメちゃうわ。 No.780(by:シス):塊(カタマリ)として言葉を捉える感覚は相変わらず魅力的なのだが、魑魅魍魎の中で目立つには一つ一つの言葉やテーマの取捨選択にもこだわり&個性を出していかなくちゃね…。 No.786(by:ひろし):オートマティズムか。一見ロジカルに見えるが実は無意識が支配する感覚/意思が魅力。 <奨励賞ピックアップ> No.639(by:ピンクデマンゴ) 何も書いてない、と思いきや白字で何か書いてあるという句は以前にもいくつかあったが、本当に何も書かれていない句というのはこの句が初めてだった。 音楽の世界で「何も演奏しない曲」というものがある。ジョン・ケージという人のピアノ曲なのだが、それは、蓋を開け、4分33秒間沈黙し、蓋を閉めるというものだ。その名も「4分33秒」である。興味のある方はリンクを。 しかしこの句はせっかくのアイデア?を「ちょっと下↓のなし。(No.640)」で台無しにしてしまっているのである。ああ、なんでこんなの書いちゃったんだろう?残念でなりません。No.652もそうだけど、こうやって自分で自分の句を弱めている人を多く見ます。もっと自信をもって!もっと見る人を信じて! 総評:「この句で泰平賞をとる。」を泰平賞に選んだ理由は論評の他にもある。実は兼ねてから泰平賞を頂点とする現在のシステムへの疑念を抱いていたのである。天下泰平プロジェクトは「アートゲーム」なのに、今はむしろ「美大受験ゲーム」という感じではないか。出来た句一つ一つを横並びに評価するこのシステムのままではネオ自由律のポテンシャルは広がる一方で、深まっていかない。このままでは「アイデア量産プロジェクト」になってしまう〜。…って考えてたのだ。そんな中「この句で泰平賞をとる。」だったので結構ショックだったりしたのだ。 ということで新たな展開を用意したのです。…でもまだ発表しません。笑。現在のシステムは何も変えずに残しますので心配しないで下さい。ちなみにサイトもリニューアルするのです。リニューアルと同時に新展開をお披露目する予定ですのでtopページをチェックしてて下さいね。 と、話はそれましたが今期も普通掲示板で皆様のご意見をお聞かせ下さい。「受賞者の/受賞者へのコメント」「不平不満」「ネオ自由律談義」「私の一句」など書き込めるスペースを用意します。そして今回から新たに「批評公募」も用意します。皆様の批評もお聞かせて下さい。それではヨロ〜。 審査委員長:施井泰平 ──────────────────── >> 第7回ネオ自由律公募<アーカイブ> ・ ./.. ・ 天下泰平プロジェクトtop