第14回ネオ自由律公募(2004年4月)論評
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審査委員長の挨拶及び泰平賞の発表 投稿者:審査委員長 投稿日: ____________________
≫第14回(2004年4月期)泰平賞発表≪
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挨拶:いやいやいやいや、皆様おひさしぶりです。ななななんと、3ヶ月ぶりですな。審査周期が変わったのと相まって、不覚にも「天下泰平プロジェクト」始まって以来のロング・バケーションとなってしまいました。どうも失礼しました。もう7月の下旬なのに今さら!の4月期の論評ですが、頑張って書いたので読んで下さいな。
4月期は毎月審査の最後の月となりましたが、なんと一ヶ月で史上最多の357句が集まりましたぁぁぁ!!そしてなんと!自由律俳句の唯一の公募「放哉賞」の年間投句数(289句)をぶっちぎってしまったのです!!(おおお!すげーー!)。毎度毎度の事ですが、沢山の投句 本当にありがとうございました。ところでところで、今回はなぜか回文の投句が沢山ありましたね。泰平賞も回文だし。ということで僕も挑戦。東京ビッグサイトに向かう途中の電車内、ちょうど東雲(しののめ)駅にかかった時に考えました。「ろくぶしののめののしぶくろ(六部 東雲の のし袋)」。はい。ということで泰平賞の発表です。…あ、ちなみに、何を思ったか「おーいお茶新俳句大賞」に応募するも 見事に落選した泰平ですが、そんなのは全然気にしてません。涙。
<泰平賞>
べたべたおしめぬらしもうろくじいさんさんさいじくろうもしらぬめしおたべたべ(by:あれおん , No.2301)
【最終候補】 大円(仮名)
この句は場所の都合で一部分のみの掲載となっております。全文はこちらでご覧になれます。 (by:マ, No.2038)
【最終候補】 何度も引き出しを開け閉めするの。(by:ありす, No.2008)
【最終候補】
やっち まいな—————————————————————————!!! (by:Seika, No.2258)
【最終候補】
中国、沖ノ鳥島は岩と認識
中国、沖ノ鳥島は岩と認識
中国、沖ノ鳥島は岩と認識 (by:中国、沖ノ鳥島は岩と認識, No.2235-2237)
【最終候補】 とん太 寿司アシスタント (他6句)
この句は場所の都合で一部分のみの掲載となっております。全文はこちらでご覧になれます。 (by:風マち@キ, No.2220-2229)
【最終候補】
ぺろんぺろんぺろんぺろんぺろん…
この句は場所の都合で一部分のみの掲載となっております。全文はこちらでご覧になれます。 (by:マ, No.2250)
【最終候補】 小さくなったギャングがまたやってくる。 ひとりはしきりにつばを吐き、もうひとりは黒い帽子をかぶっている (by:eizo, No.2051)
【最終候補】
ル ビ
ビル(by:あれおん, No.2159)
【最終候補】
♀ (by:,のえら No.2239)
【最終候補】 like a rose (他6句)
この句は場所の都合で一部分のみの掲載となっております。全文はこちらでご覧になれます。 (by (by:セントリス, No.2110-2116)
【最終候補】 おれおれ(by:ファンタ, No.2261)
【最終候補】 ゴルゥア!グゥォラ!ヴォルァ!(by:jo〜, No.2231)
【最終候補】 客が子連れでやってくる とりあえずお茶、子供には10%オレンジジュース。 (by:eizo, No.2149)
【最終候補】 RAINBOW (by:み, No.2216)
《奨励賞》
スペースの関係で番号と作者名のみの発表とさせて頂きます。>> 全投句
No1992.(by:真ホッケ), No.1997(by:ぽとん), No.2000(by:セントリス),
No.2012(by:あれおん), No.2013(by:汚職議員), No.2015(by:東風),
No.2018(by:いつもよりコーヒー), No2028,2029(by:タップ), No.2033(by:マ),
No.2041(by:みうらりか), No.2067(by:なお。), No.2077(by:いっちー),
No.2079(by:1), No.2080(by:D pink), No.2081(by:のえら),
No.2094(by:のえら), No.2095(by:のえら), No.2099,2103(by:jo〜),
No.2108,2117(by:マ/みうらりか), No.2109(by:マ), No.2122(by:ひろし),
No.2126,2127(by:1), No.2128(by:のえら), No.2130,2131(by:のえら),
No.2034(by:カメラ), No.2140(by:みうらりか), No.2141(by:みうらりか),
No.2148(by:D pink),No.2154.2155(by:D pink), No.2162(by:あれおん),
No.2166-2173(by:あれおん), No.2179(by:マ), No.2183(by:のえら),
No.2184(by:淳子), No.2200,2201(by:タップ), No.2207(by:しす),
No.2209(by:マ), No.2217(by:み), No.2233(by:jo〜),
No.2241(by:あれおん), No.2248(by:マ), No.2253(by:あれおん),
No.2255(by:タップ), No.2259(by:マ), No.2262,2263(by:しす),
No.2270(by:Seika), No.2274(by:いっちー), No.2275(by:1),
No.2276(by:Seika), No.2279(by:ももい), No.2294(by:ぽとん),
No.2295(by:赤い女), No.2297(by:赤い女), No.2331(by:ハシシ),
No.2335(by:東風).
(順不同)
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<評>
[14t]
> べたべたおしめぬらしもうろくじいさんさんさいじくろうもしらぬめしおたべたべ(by:あれおん , No.2301)
あれおん氏は第13回公募の初投句以来ひたすら回文のみを詠み続けている。そんなこだわりと、クオリティーの説得力が多くの人を惹き付けたのだろう、今回は回文の投句が非常に多い公募となった。そしてそんな回を象徴するように、泰平賞句も回文となった。これも何かの縁。これを機に もう一度「回文」というものを見直してみる。
■ 森ウィーク泰平賞論評の修正案
実は回文が泰平賞をとるのは森ウィークの「わたしまけましたわ(by: 直子, No.598)」以来2回目だ。ので、「回文」をネオ自由律で奨励する理由は森ウィーク泰平賞論評を見てもらえば良いはずだ。しかし、実はあの論評は僕にとって、一番「修正したい」論評なのだ…。でも、「過去の作品は いじらない」と決めているので直せない…。ので(ホーキング博士も自説の誤りを認めたことだし)この場をかりて修正案を発表する。回文の「自立性」についての、いわゆる要の部分は変わらないのだが、気になるのは現在の伝統芸能/伝統文化のとらえ方と印象派がどうの、という部だ。
> 「伝統芸能/伝統文化のとらえ方」「印象派がどうの」部修正
1)あの論評を書いてから約一年、様々な日本の伝統文化/芸能を見聞きし、それらに携わる人に会って来た。そこで感じたのは、それら伝統文化/芸能は「延命装置をつけられた植物人間のよう」に「『不自然』な状態で生き続けている」のではなく、単純に、それらの基礎理念を引き継ぎ、新しい風を入れ、ジャンル自体を活性化させる新世代が現われていないか、それら新世代を受け入れる環境がないかのどちらかだということだ。いずれにせよ若者が出て行ってしまった過疎の村のような寂しさと閉鎖感はあるが、「延命装置をつけられた植物人間のよう」に「『不自然』な状態で生き続けている」的表現は とても不適切でした。
2)昔の俳句や短歌を見直すと、実は印象派がどうの という解説は説得力を持たないことに気付かされる。大体、印象派自体が日本の「自立した」伝統絵画に影響を受けたモノであるし…。回文の歴史を調べると、なんと平安時代の「むら草に 草の名はもし そなはらば なぞしも花に 咲くに咲くらむ(from「奥義抄」1124〜1145年頃、by: 藤原清輔)」がパイオニアだそうで。それから短歌やら俳句やら川柳やら狂歌やら、あらゆる日本の伝統文学に取り入れられたそうで。文学表現に「回文を取り込もうとする姿勢」があることを考えると、むしろ「印象派」が影響を受けた日本の伝統絵画同様、日本の伝統文学も早くから「自立」していたのではないかと思わされるわけなのです。
まとめ)以上の2点が森ウィーク泰平賞論評のイケ好かない部分である。若気の至りということで許して下さい。ということで、論じなおし。
日本文学には、伝統的に、外部の風景を描くだけではなく、作品に内在する要素で作品を作り、作品を「自立」させようとした歴史がある。平安時代から続く、俳句、短歌、川柳、狂歌等に「回文」を取り入れる行為はそれを象徴しているのではないか(あと、すべてのひらがなを一回ずつ使って詠んだ「いろはにほへと…」等もそうだな)。「ネオ自由律」を現代版の俳句として発表するからには、日本文学における「精神性」の保持、もしくは純化/還元を行っていきたいと思っている。「回文」は日本文学に伝統的に存在している精神性の一端であろう「自律性」を喚起する。故に、ネオ自由律では「回文」を奨励し、積極的に研究しようと思っている、ということである。いかがでしょう。一年でちゃんと成長できたかしら…。
■ 回文性文回
で、「べたべたおしめぬらしもうろくじいさんさんさいじくろうもしらぬめしおたべたべ」。分かりやすく書き換えてみると「ベタベタおしめ濡らしモウロクじいさん三才児苦労も知らぬ飯を食べ食べ」となる。「モウロクじいさん」が「ベタベタおしめ濡らし」ていて、「苦労も知らぬ」「三才児」が「飯を食べ食べ」しているのか。いや「ベタベタおしめ濡らし」いるのは「三才児」かも知れない。「苦労も知らぬ」のも「飯を食べ食べ」しているのも「モウロクじいさん」かも知れない。助詞が抜けているから、状況が分かりづらいのだろう。しかし、助詞が抜けてても分かることはある。回文ではないが「拭き拭き雑巾濡らし お掃除母さん三才児苦労も知らぬ飯を食べ食べ」だとしたら、誰が何をしているかが分かりやすい。ではなぜ、この句は 誰が何をしているかが分かりにくいのか。それは「モウロクじいさん」と「三才児」が似たような行動をとるからではないか。
人間は中年くらいまでは精神的に成長して行き、それを超すと幼児回帰の方向へ向かうと言われる。そう!考えてみたら、人間の人生は「回文」のようなものなのだ!ということはこの句は「人間の人生」における そんな「回文性」を盛り込んだ回文と言えるのではないか。いや、それだけではない、なにげに「飯を食べ食べ」と「ベタベタおしめ濡らし」にも「回文性」があるのだ。口から食事をして排せつ口(笑)から排せつする姿を反転すると、排せつ口(笑)から食事をして、口から排せつするように見えるだろう。つまりこの句は、余すとこなく世の中の「回文性」を盛り込んだ回文。スタイルと内容とがシンクロして強烈なエネルギーを生んでいるスーパー回文なのだ。圧巻だぁ。「苦労も知らぬ」にだけは対称的な言葉がないが、「作った時の大変な苦労」がここにあてはまるのかも…という深読みをしてみたり。ああ、すごいすごいすごい!すごいねぇ!!!
[141]
> 大円(仮名)…(by:マ, No.2038)
この句、大きすぎて全体像を把握するには縦と横に伸びたスクロールバーを駆使しないといけない。携帯から見てる人は想像してほしい。画面の中に見えるのは規則性のある黒点の並びである。それらは弧のような軌道を作っていて、その両端ともが画面の外に向かっている。弧の片方の先端から伸びる黒点の軌道を追うようにスクロールバーを動かして行くと、上のピークに達すると下に向かい、右のピークに達すると左に向かうといった具合で緩やかな軌道は続いて行く。上下左右のピークをひととおり通ると、元の位置に戻る。…想像できただろうか。そう、黒点の並びで出来た軌道は大きな(少し楕円気味の)「円」を描いているのだ。数えてみたら全部で黒点は40個あった。僕のブラウザでは最初の画面では4個、多いところでも7個しか見れないので、単純計算すると、標準画面では全体の1/10〜1/5しか見れないということだ。全体の一部分しか見れないのに全体像は予想がつく。何故だろう。それは「黒点」が規則正しく繋がっているからではないか。昔読んだ哲学書に <家の前にいた人間が、壁づたいに家の後ろにまわった時、目の前にある家がさっきの家と同一の家であると認識することができるのは何故か> 的内容のものがあった。確かメルロ=ポンティ。でもうろ覚え。いや、言いたいのはですね、ヴィトゲンシュタインならまだしも、メルロ=ポンティを想起させるネオ自由律なんてすごいなと思って…。彼には確か、「認識は言語を介して行う」的持論があった気がするが、本来言語を使って詠まれる俳句を、この句はメタ言語(とで言うべきか)で詠んでいるのだが、それを言語を介して認識している自分。あ、その前にメタ言語で認識しているパソコンを…あああああああああああああああ!!!!!!!!(死)
[142]
> 何度も引き出しを開け閉めするの。(by:ありす, No.2008)
自由律俳句の巨匠、尾崎放哉の句に「なんにもない机の引き出しをあけて見る」という名作があるが、この句とても似てるのでは?両句とも「引き出し」をあける行為をしているという共通点がある。しかし、それだけではない「自由律俳句的な何か」が宿っている気がしてならない。ていうか、「尾崎放哉的何か」が ありす氏の句に宿っているのか。実は ありす氏(a.k.a.ひさよ/kaduki等)の句には昔から「女性版尾崎放哉」を想起させる要素があった。ネオ自由律の不朽の名作「1台の車に家族5人(by: ひさよ, No.12.5)」や「甘<12345>辛(by: kaduki, No.730)」、「37.4°(by: ありす, No.1632)」なんかには、放哉の「墓のうらに廻る」、「咳をしても一人」などを彷佛させる「何か」がある。昔からそう思ってたけど、しかし「何か」は「何か」でしかなく、説得力のある言葉が見つからないでいたのだ。そんな時に、この、どこからどうみても「女性版放哉」な句が投句されたので、僕的には「ほら見ろ」という感じなのだ。ほら見ろ!
…ところで、放哉、そして ありす氏は なぜ両者とも「机の引き出し」について詠んだのだろうか。手持ち無沙汰な、何もすることのない時の心情を描いているのか。様々なオルタナティブがある人のことを「引き出しが多い人」と表すが、自分が俳句を作るにあたり、開ける「ネタの引き出し」について詠んでいるのだろうか。そういえばシュールレアリスムの巨匠サルバドール・ダリの作品にも度々「引き出し」が出てくる。この辺の心理学的なアレは心理学者にしかわからないのだろうが、兎にも角にも「引き出し」には何かありそうだ。…ん? ていうか、「なんにもない」のか。
[143]
> やっち まいな—————————————————————————!!! (by:Seika, No.2258)
おっと、なんとも元気な句ではないか。しかしここまでサブカルチャーの味わいを全面に出したネオ自由律も珍しい。現代美術界では絵画に、アニメ/イラスト等サブカルチャー的要素を取り入れた作家が世界的な評価を得ている(村上隆、奈良美智など)。なら、サブカルチャー的要素を取り入れた俳句があっても良いだろう。…ところで この句、とても「アヴァンギャルド」ではないか。「アヴァンギャルド」とは本来フランス語で軍隊の、敵陣に一番近い前衛部隊を指す言葉である。逆に言えば、軍隊の前衛部隊のような精神で最新のアートを開拓しようとするモノを「アヴァンギャルド」と呼ぶのだ。軍隊の前衛部隊の気持ちになってみよう。どこに敵が潜んでいるかわからない。しかし自分らが前に進まなければ戦争の勝利は近付かない…から恐いけど進まなければならない。そんな極限状態で、それでも突入していく命知らずな精神はどんなだろう。それは、もしくは「破れかぶれ」や「やけくそ」の類いに近いものではないか。それは言い変えると「やっち まいな—————————————————————————!!!」的精神だ。そう、軍隊の前衛部隊も芸術の前衛部隊もこの「やっち まいな—————————————————————————!!!」的精神で敵陣に食い込んでいかないといけないのだ。この句はそんな「やっち まいな—————————————————————————!!!」的アヴァンギャルド精神で「やっち まいな—————————————————————————!!!」と詠んでいる、どこを切ってもアヴァンギャルドの血が流れる、100%アヴァンギャルドな句なのだ。
クオリティーの高さもそうだが、同時にネオ自由律全体の士気を高めるカリスマ性も評価したい。その意味では森美術館での展示直前に全体の士気を高めた ひさよ氏の「さぁ 森へ狩りに行きましょう(No.475)」をも想起させる。
勇敢な投句者達よ、さぁどんどん「やっち まいな—————————————————————————!!!」
[144]
> 中国、沖ノ鳥島は岩と認識… (by:中国、沖ノ鳥島は岩と認識, No.2235-2237)
投句者名は「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。投句内容も「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。3句連続「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。ここで表現されている標準言語情報は、この、新聞の見出しのような「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」だけだ。そこにHTMLという言語情報が加わり句は彩どられている。無駄なく ミニマルな表現でもってHTML部が強調されている。標準言語で詠み、HTMLで語っている句と称すべきか。面白い上に完成度の高いスタイルだ。
内容は、見るからに政治的だ。調べると「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」はどうやら実際のニュースの引用らしい。予想通り、経済水域にまつわる なんとも大人げない(と言っては怒られるかな)ニュース。内容のせいか、緑、オレンジ、赤と色を変えて行く樣は「だんだん怒りが込み上がって来ている」ようにも映る。
投句者名は「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。投句内容も「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。3句連続「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。ここで表現されている標準言語情報は、この、新聞の見出しのような「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」だけだ。そこにHTMLという言語情報が加わり句は彩どられている。無駄なく ミニマルな表現でもってHTML部が強調されている。標準言語で詠み、HTMLで語っている句と称すべきか。面白い上に完成度の高いスタイルだ。
内容は、見るからに政治的だ。調べると「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」はどうやら実際のニュースの引用らしい。予想通り、経済水域にまつわる なんとも大人げない(と言っては怒られるかな)ニュース。内容のせいか、緑、オレンジ、赤と色を変えて行く樣は「だんだん怒りが込み上がって来ている」ようにも映る。
投句者名は「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。投句内容も「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。3句連続「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」。ここで表現されている標準言語情報は、この、新聞の見出しのような「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」だけだ。そこにHTMLという言語情報が加わり句は彩どられている。無駄なく ミニマルな表現でもってHTML部が強調されている。標準言語で詠み、HTMLで語っている句と称すべきか。面白い上に完成度の高いスタイルだ。
内容は、見るからに政治的だ。調べると「中国、沖ノ鳥島は岩と認識」はどうやら実際のニュースの引用らしい。予想通り、経済水域にまつわる なんとも大人げない(と言っては怒られるかな)ニュース。内容のせいか、緑、オレンジ、赤と色を変えて行く樣は「だんだん怒りが込み上がって来ている」ようにも映る。
[145]
> とん太 寿司アシスタント…(by:風マち@キ, No.2220-2229)
怒濤の回文10連発!!「天下泰平プロジェクト」では左右対称性を全面に出したり、解釈の広がりを促すために、回文は「句読点/スペースなし」、「全ひらがな表記」での投句を推奨しているが、風マち@キ氏はこれを一つも受け入れていない。しかし「イラク落雷(No.2223)」以外すべてがgoogleで0ヒットの完全オリジナル回文であり、しかも怒濤の10連発と来ている。すごいエネルギー、すごい説得力ではないか。何かがあるのではないか という気にさせる。という事で分析。試しに「阿部、井出、テディベア(No.2224)」という句を天下泰平プロジェクト風に置き換えてみる。→「あべいでてでいべあ」。答えを既に知っているのに何が何だかわからなくなった。なぜだろう。ううむ…。なるほど、「無理矢理」だからか。笑。そう、風マち@キ氏のこの一連の回文は「無理矢理」作られたものであり、今回泰平賞の あれおん氏の回文のような「美しさ」がないため、漢字や記号がどうしても必要なのだ。
回文の魅力は なんといっても、前から読んでも後ろから読んでも同じ文になるという面白さ、そしてそのルールでもって初めて顔を合わせる言葉達が奏でるハーモニーの不思議さにある。風マち@キ氏の回文には美しい左右対称性や解釈の広がりこそ少ないが、それらを犠牲にすることで、本来の回文の持つ上述した面白さ、不思議さが全面に出てきているのだ。「阿部、井出、テディベアって句がたまらなく好き(by:1, No. 2275)」という賞賛の句が生まれる程だ。魅力的なのは言うまでもない。
[146]
> ぺろんぺろんぺろん… (by:マ, No.2250)
ぺろんぺろんぺろんぺろんぺろんぺろんぺろんぺろんぺろんぺろんぺ…。掲示板で表示できる最大フォントで、31行!なんと言っても目立つ句だ。しかも一行当たりの文字数が固定されていて形が変わらないため、なんだかドッシリとしていて存在感があるのだ。残念ながらサイズオーバーで別収容となってしまったため、これを体験することはもう出来ないのだが、掲示板をスクロールしていき この句が現われた時には、まるで空からブタが降ってきた時のような驚き(from「はれときどきぶた」)と、怒濤のアホ圧迫感を感じたものだ。ところで、これは何なのだろう?「ぺろん」のくり返しなのか?でも最後は「…ぺろんぺ」で終わっているし…。終わりがなく、いつまでも続く「ぺろん」の一部なのだろうか。ん?待てよ。いつまでも続く「ぺろん」の一部??なんだそれ。ナメてるのだろうか。笑 .........ん?あ”、舐めてるのか!!「ナメてる」のね! なめんじゃねーよ!笑。
…しかし、 文字数が固定されてたり、折り返らないように指定されている丁寧な構造と無駄のない表現は、およそ「なめてる」とは言いがたいモノだ。ずっと眺めてると、その緊張感からか、なんだかこの人「本気でなめてるのでは」というアンビヴァレントな感覚に陥ったりする。しっかり計算した上でパンクを演出するマ氏だから為せる技か。ふむふむ。ふむふむふむふむふむふむふむふむ…
[147]
> 小さくなったギャングがまたやってくる。 ひとりはしきりにつばを吐き、もうひとりは黒い帽子をかぶっている (by:eizo, No.2051)
…とても不思議な空気だ。とらえ方によっては現実世界の描写ともとれるが、シュールな「夢的ネオ自由律」と とらえた方がしっくり来る。「夢的ネオ自由律」で思い出すのは、マ氏がNo.1897で立ち上げ、eizo氏とともに展開している裏ネオ自由律(?)の掲示板だ。…ということでそっちを見てみる。すると発見!この句と関係していそうな句が沢山あるではないか。「小さくなったギャングがやってくる。 一人がこっちを向いてなにやら叫んでいる もうひとりは しきりに地面を蹴っている(15)」、「小さくなったギャングがしきりにドアを叩いている(21)」、「小さくなったギャングがやってくる ひとりは贈り物を持って もうひとりは腕を組んでいる(28)」、「小さくなったギャングがやってくる ひとりは関西弁をはなし もうひとりはおおきすぎる眼鏡をかけている(44)」、「小さくなったギャングがやってきた しばらくみなかったので寂しかったというと 一人は軽く咳払いをし もう一人はもっと小さくなってしまった すこし悪いことをしたと思った(70)」。…「小さくなったギャング」のシリーズだけでもこれだけある。No. 2051は群れからはぐれた鳥のような句なのか。裏ネオ自由律掲示板から来た親善大使なのだろうか。この句 単体でも詩情/神秘性に満ちているが、背景にある大きな物語も その後押しをしているという徹底ブリがすごい。ていうかこの世界観、素晴らしいです。
[148]
> ル ビ…(by:あれおん, No.2159)
「ビル」という文字の上に「ルビ」というルビがふってある。ルビとは読み仮名のことなので、ビルとしか読みようのない「ビル」の上にあってはおかしいはずなのにだ。大体、カタカナの上にルビをふるなんてギャグマンガだ。しかし、この句はギャグマンガをやろうとしているわけではない。あれおん氏は先月の初投句以来、一貫して回文ネオ自由律を詠み続けている。つまり、この句は、あれおん=回文というキャラクターをアピールした上での投句なのである。おそらく「ビル」と「ルビ」を使った回文を作るプロセスにおいて浮かんだアイデアなのであろう。しかし、制作プロセスを知ってもこの句を理解することはできない。ルビに「ルビ」と書く同語反復の必要性や、「ビル」の上にルビをふる有意味性など、やはりないのだ。つまりこの句は、あれおん=回文というキャラクターを前提にしなければ成立しない句なのである。逆にいえば、自分が構築したキャラクターを利用した、不可能性の論理的導入を試みている句といえよう。自分のための明確なルールを自分で構築し、その中で自由に遊ぶ。「ネオ自由律」の理想的なアプローチがここにあるのではなかろうか。皆マネしましょ。
[149]
> … ♀ …(by:,のえら No.2239)
一見するとネオ自由律俳人Cryptony氏の「アスキー・インスタレーション」のようだが、よく見ると少し違う。この句は空間を喚起する「アスキー・インスタレーション」とは違い、どちらかというと平面的だ。似たような句と比べてみるとわかりやすい。No.1185(by: Cryptony)に描かれているのも この句同様、何やらが地面から生えているかのようなアレだが、No.1185には「地面」が描かれておらず、空間は曖昧だ。No.949(by: Cryptony)には「地面」らしきものが描かれているが、2本の「地面」のズレが空間を喚起していて平面的ではない。このように見ると、少し分かりにくいが両者には大きな違いがあるのだ。ソースを見ると違いはさらに鮮明になる。実はこの句、「♀」と その両脇に開けたスペースに「下線(<u>タグ)」を引くという手法で作られているのだ。つまり、この句の「地面」は、No.949のような記号の組み合わせで描かれた「地面のイリュージョン」とは違い、「下線」という「地面の概念」を取り入れた正真正銘(?)の「地面」なのである。言い換えると、それは少しのズレもない超二次元的「地面」であり、その事実が、この句の平面性を喚起しているのだ。意図的だとしたら相当カシコイ…。なんにせよ、このスタイルを追求してみても面白いかも知れない。Cryptony氏とは違った何かが生まれる予感がする。
[1410]
> like a rose… (by (by:セントリス, No.2110-2116)
えっとー。ええっとー。…「さすがだ」としか言い様がない。さすが第一回総合ランキング1位(セントリス=せんとりす)だけあって、どんな内容もすごいエネルギーでもって説得力に変えてしまっている。さすがだ。…で、なんだこの内容は。徹夜明けのナチュラルハイそのものではないか。いや、しかし さすがなのだ。やり切っていて恥ずかしくないし。ていうか非の打ち所がないし。ていうか、「ここをこうすればもっと良くなる」とか「ここがこうじゃなければ」という言葉が見当たらないのだ。
いきなりで申し訳ないが、よく空手で、手刀で、カタイ板とかを割るけど、アレ、振り切らないで、割れなかったら手の骨がくだけることもあるらしい。逆に、振り切って、割れたらそれ程痛くないのだと。「割れるんだ」という自信がなければ振り切れないし、振り切らないと割れないし…。そして勿論 割れるだけの力と技もないといけない。ああ、割るのって大変。
[1411]
> おれおれ(by:ファンタ, No.2261)
おれおれ…。まさかサッカーの応援歌ではあるまい。英語に訳すと「me, it's me」といったところか。巷では「オレオレ詐欺」なるモノが横行している。孫を装った詐欺師が老人宅に電話をかけ「オレオレ!オレだけど事故起こしちゃって、やばいのよー。今日中に50万円を○×銀行に振り込んでくれー!お願いバアちゃん」などと言ってお金を騙し取る手口の詐欺だ。お爺ちゃんお婆ちゃんは詐欺師を孫だと信じ込み、疑いもせずお金を…と、その話はさておき、この句はそんな「オレオレ詐欺」の、「おれおれ部」だけを引用した句であろう。いや、しかしツッコミ所が満載だ。おれおれって…「アピールだけかよ!」「詐欺はしないのかよ!」ていうか「なんでちょっと弱いんだよ!」。…動かない相手、生きてもいないテキストなのに、まるでどうしようもない存在を優しい目で見守るような気持ち に させられるのはなぜだろう。あああ、かわいいい〜〜!!
[1412]
> ゴルゥア!グゥォラ!ヴォルァ!(by:jo〜, No.2231)
第6回公募で名作「コョロ!ヌョへータッユ(No.400)」を詠んだS湖氏は、後日掲示板で行われたネオ自由律談義において、「『コョロ〜』のテーマは『声に出して読みたい日本語』です」と語っていた。jo〜氏のこの句を見た時、ふとそれを思い出した。この句を読む者は皆、まるで楽譜を読む演奏家のように、頭の中で この複雑そうな音を再現しようとするのではないか。ゴルゥア…、グゥォラ…、ヴォルァ…。周りに誰もいないことを確認して、そっと声に出してみたり…。そういえば、先日誰だったかを叱る時、ふと、この句を思い出した。「声に出したい」だけではなく、似たような声を出しそうな時に思い出してしまい、コントロールされてしまう。…とても影響力のある句だ。
[1413]
> 客が子連れでやってくる とりあえずお茶、子供には10%オレンジジュース…(by:eizo, No.2149)
なんてことない日常の風景が描かれているだけの句。…と思いきや、よーく見ると最後の「。」にリンクが貼ってあり、例の裏ネオ自由律掲示板に繋がっている(No.1897の論評参照)。そこには、無意識下で見る夢のような、深層心理風景のような世界が広がっている。なんと深い余韻なのだろう。大きな物語を背負っているようだ。大きな背景を取り込むという意味では泰平氏の「リンク付俳句(No.104)」ともシンクロするが、この句の場合、その大きな物語が自作物だという点が新しい。自分の世界に導く、なんて事ない日常風景の余韻。…何かを象徴しているようだ。
[1414]
> RAINBOW (by:み, No.2216)
7つのアルファベット (rainbow) と7つの色 (rainbow color) の組み合わせで句を構成している。虹色を時に七色の〜と表すが、rainbowが7文字なのは偶然の一致なのだろうか。にしてもしっかりフォントの色指定が<red, orange, yellow, green, blue, indigo, violet>と徹底されててエライ。無駄がない上に、軽やかで爽やかで可愛らしい。
奨励賞の57句に、一言づつ。
No.1992(by:真ホッケ):大爆笑。投句者リストからの引用。すげ〜内輪ウケ!しかしよく考えるとやっぱ変だわ。
No.1997(by:ぽとん):「焼きおにぎりの材料」ともとれるが、それだけじゃなさそうなアレもある。クールな表現が想像を膨らませる。
No.2000(by:セントリス):1000とりす(No.1000)に続き2000もゲット!あ、でも名前がカタカナに変わってるんだ…。
No.2012(by:あれおん):回文という言語ループの中に、遺伝子とその死がある…。あぁなんかスペクタクルだぞ。
No.2013(by:汚職議員):投句番号とは関係ないところで777。通ってる方にはたまらない数字でしょうねー。ん?汚職議員?
No.2015(by:東風):単調なようで実はそうでもない。テクノ・ミュージックを彷佛させるネオ自。絵的というより暗号的なのかな。
No.2018(by:いつもよりコーヒー):内容といい、変なスペース(改行)といい、「携帯からの投句」感がこれほど出ている句もない。
No2028,2029(by:タップ):やりたいことが分かるようで分からない。でも全く分からないわけでもないという絶妙な明暗調整。
No.2033(by:マ):「/(スラッシュ)」で区切った断片的な言葉達。「/」が思いを区画しているようだ。
No.2041(by:みうらりか):どうでもいい内容がなぜか縦書きで書かれている。
No.2067(by:なお。):今一度原点にかえり、原点にかえった風に。素朴な疑問を素朴風に。
No.2077(by:いっちー):内容と形のズレ具合が絶妙に絡み緊張感を生んでいる。一文字でもはずせば崩れる積み木のようだ。
No.2079(by:1):内容なきまま、文節が連続的に生まれている。時間が圧縮されているかのようだ。
No.2080(by:D pink):存在感がネオ自俳人並みだ。もうそろそろ昇格かなぁ…。
No.2081(by:のえら):こう言いながら、目的は「感動させること」ではなさそう。どう感じたか、読み手のアンケートをとってみたい。
No.2094(by:のえら):No.1316の論評からの引用。探究心と実行力に脱帽。隙間が埋まると全体の強度が高まるので、引用万歳!
No.2095(by:のえら):久々の三・三・三・三定型。No.1568の続編か。
No.2099,2103(by:jo〜):同じ句を二度投句している。行為と内容の組み合わせが面白い。「浅蜊御飯」のマイナー具合も素敵。
No.2108,2117(by:マ/みうらりか):不思議な句。そしてそれを絶妙にパクった句。オリジナルとパクリを合わせると両方の面白みが増す。
No.2109(by:マ):松井茂氏の「方法詩」を彷佛させる句。方法句、なんちて。享楽的な内容とストイックな体裁とのギャップが面白い。
No.2122(by:ひろし):ショート・ストーリー的ネオ自由律。「夏」という環境に病的緊張感が加わるとなんとも言えない詩情が生まれる。
No.2126,2127(by:1):絵というのはやはり目立つ。皆どんどん描いてほしいなぁ。
No.2128(by:のえら):ぐるぐるしてるー。まだ発展の余地がある気もするが。
No.2130,2131(by:のえら):唯名論的思考が見られるデュシャンと、唯名論的に扱われがちな放哉の、名前だけを投句するというネジレた句。「ネオ自由律」というタイトルだけが、この句をネオ自由律にしているというネジレもある。
No.2034(by:カメラ):カメラさんが「写真」。明解で小気味良い。
No.2140(by:みうらりか):いや、あなた直美じゃないでしょう?全然直接的に美しくないよ!…を間接的に表現してるのかしら?
No.2141(by:みうらりか):なにもかも余計な感じが素敵。大事な部分は一つも見当たらない笑。
No.2148(by:D pink):リンクをクリックすると音楽が流れる。音楽付きのグリーティング・カードを思い出す。
No.2154.2155(by:D pink):かっこいい!
No.2162(by:あれおん):笑。「し」と「ば」しか使わずにこの変な空気を作ってしまうなんて、ちょっとした錬金術だ。
No.2166-2173(by:あれおん):回文の組作品。まだまだ序章か。これからどうなって行くんだろうという期待を抱かせる。
No.2179(by:マ):これが何かの影であるとしたら、それは「影」という字を光で照らした時の影であろう。「影」を照らし、「影」の影を作っているのか。あ、それ笑える。今度実際にやってみようかしら。
No.2183(by:のえら):たまに深夜番組で「開始時刻26時」とか告知されることがあるが、その日の内にやるということを強調するためなのだろうか。
No.2184(by:淳子):笑。これは(匿名的な)投句者達に対してのコメントだろうか。…気持ち、分からなくもない。
No.2200,2201(by:タップ):抽象的なスタイルに具体的なイメージを交ぜているのか。具体的な名詞に潜む抽象性を引き出しているのか。
No.2207(by:しす):俳句における「季語」を少し不自然に導入し、ネオ自由律meets季語を強調しているようだ。知的パンクか。
No.2209(by:マ):回文という(内面優位の自閉的な)スタイルと呼応している内容の回文。男湯・女湯を仕切る番台にも見える。
No.2217(by:み):この毒のない幸せ感。なんだろう?…あ、「渋谷系」か?!今は「南青山系」とかいうのかな?「南青山系ネオ自由律」笑。う、素敵〜!ちっとムーブメントの予感がします!
No.2233(by:jo〜):内容と「〜」のへなへな具合がマッチしてて心地よい。ペロペロ〜という語に潜むスキンシップ性(笑)が、親しみやすくしてたりもする。
No.2241(by:あれおん):ロマンチック回文。逆から読んでもロマンチックだというロマンチック加減。
No.2248(by:マ):意味深長だ。
No.2253(by:あれおん):携帯についてああだこうだグルグルと…。
No.2255(by:タップ):No.2200,2201の続きか。スタイルが変わりつつあるようだ。これからの展開も楽しみだ。
No.2259(by:マ):ま、まさか、No.2258に向かって言ってるのでは…。と思わせる緊張感が良い。
No.2262,2263(by:しす):どうしてもリビドー的解釈に傾いてしまうのですが…。リビドー、季語、5・7・5の原点回帰作か。笑
No.2270(by:Seika):No.2259に対してのレスか?戦い方がサブカルちっくで萌えぇ。笑。「てにをは」のズレもかっこいい!
No.2274(by:いっちー):審査委員長の名を素材にした句はこれまでにもあったが、これにはとても悩まされた。なんなんだこれは!?悪口かぁ!?笑
No.2275(by:1):笑。原文(No.2224)が回文なのに、言葉を付け加えることによって回文性を剥奪し、内容(「阿部、井出、テディベア」という言葉の配列)をクローズアップしている。その手法と全体の主旨が合致していて気持ち良い。
No.2276(by:Seika):笑。Seika氏の一貫した投句姿勢が反映された句。ちなみに「菓子」を調べると「常食のほかに食する嗜好品(広辞苑)」とある。なるへそ。
No.2279(by:ももい):巨匠黒澤明の晩年の作品における 氏の「伝えたかったメッセージ」を彷佛させる、ヒューマニズム溢れる句。溢れすぎてて僕(若僧)は少しニヤけてしまうが、その具合がまた良し。
No.2294(by:ぽとん):ん?何を数えてるんだ??…前回最終候補作(No.1861)に続き、身体性を喚起する句。ミニマルな表現も健在で、大きな将来性を感じさせる。
No.2295(by:赤い女):言葉とイメージの選択に天賊の才能を感じる。想像力を掻き立てる何かが宿っている。
No.2297(by:赤い女):笑。サイト表紙のステンレス鍋と関係ありか?ちなみにアレは、様々な個性を受け入れる「ニュートラルな器」を表しております。
No.2331(by:ハシシ):爆笑。加藤ライラライ(番号管理人)が番号を修正しようとした時に投句された句。加藤さん曰く、体中の力が抜けたそうです笑。しかし内輪ウケって独特の魅力がありますなー。
No.2335(by:東風):笑。なんとも半端な数字。人によって想起するモノが違いそうだ。僕は、身長の高すぎるバスケット選手を…。
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≪ネオ自由律俳人講評≫ >>ネオ自由律俳人とは?
【あそこの山】
No.2100(評価C):ブラウザを通すとこう見える
一言:言うことなし。
【シス】
No.2090(評価C):最初と最後は余計かな。まん中だけで十分なのに。でもこの際どさも嫌いではない。ただ、やっぱり際どいです。
No.2101(評価C):風景の再現に要する言葉を減らしたらシス節が純化する気がする。ということで、もう少し短く出来そうだが、このままでも悪くない。
一言:復活の気配が見えてきた。単純に、夏に強いのか。
【Cryptony】
No.2104(評価C):言うことなし。
一言:言うことなし。
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総評:はい、終わりです。長い文章を読んでくれてありがとうございました。今回は今までで一番入選句が多かったわけですが、それに比例して論評も長くなってしまいました。当初は、レベルがあがったらそれに応じて入選句も減らせば良いと思ってましたが、いざそうなると そうは行かないものですな。ここに来て、僕は根っからのネオ自由律フリークなんだと気付かされました。放っておけないんです。私、素晴らしい句を放っておけないんです。ってね。この先が思いやられます。いや、しかし私は幸せものです。本当に。飽きっぽい自分をここまで掻き立ててくれる素晴らしい作品をどうもです。つうことで今月も言うことなしです。サイトの更新とか遅れててすみません。頑張るべきは投句者の皆様よりこの私です。精進します。ではひさしぶしのネオ自トークしませう!
普通掲示板に以下のようなスレッドを用意してありますのでご自由にお使い下さい。皆様のご参加お待ちしております。
「受賞者のコメント/受賞者へのコメント」:入賞者のコメント、入賞に向けた意見、感想、質問などをお書き下さい。
「私の1句」:あなたの個人的に好きだった句を教えて下さい。
「ネオ自由律談義」:ネオ自由律について語りましょう。
「不平不満/質疑応答」:不平不満/質疑応答はここで。論評の意味がわからない箇所があればそれも受け付け中です。
「批評公募」:任意の句を選んで批評を書いてみて下さい。簡単な感想でもおーけーです。
審査委員長:施井泰平
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